原題: DeepSeek’s Liang Wenfeng Breaks His Silence
著者: Fred Gao
公開日: 2026年7月23日
ソースURL: Inside China
アーカイブ日: 2026-07-24
中国のAI企業DeepSeekの創業者、梁文鋒——その名は世界に轟いているにもかかわらず、本人が公の場で自社の戦略とビジョンを語った記録は、これまでほとんど存在しなかった。2026年5月20日に行われた投資家向けの非公開対話の音声記録が流出し、約4時間にわたって梁が自らの哲学、戦略、そしてAGIへのロードマップを語った内容が、ニュースレター「Inside China」のFred Gaoによって翻訳・公開された。これは中国AIの最重要人物の思想に迫る、極めて貴重な一次資料である。
梁の語り口は終始穏やかで、技術者としての誠実さに満ちている。彼の思考の核心にあるのは「自制」(restraint)という概念だ。梁はAIを「一企業が独占できる波ではない」と捉え、過剰な利益を追求しないことこそが長期的な成功の鍵だと主張する。この考え方はほとんど道教的な哲学——「利を争わず、分かち合うことで抵抗を減らす」——であり、シリコンバレーの競争的資本主義とは一線を画す。
梁の主張の骨子は以下の通りである。
「自制」は戦略である。 DeepSeekのAPI価格は「10ヶ月でハードウェアコストを回収する」水準に設定されている。これは利潤最大化ではなく、「合理的な利潤」の追求であり、梁はこれを「6倍の利益」と表現する。この価格設定には深い戦略的含意がある——オープンソース化しても、サードパーティがDeepSeekより低コストでモデルをデプロイすることはほぼ不可能であり、したがってオープンソースと商用ビジネスは矛盾しない。逆に、100倍の利益を狙う企業は、20倍のコストで展開する競合に敗れる。「多く取ろうとする者は、少なく取ろうとする者に必ず負ける」と梁は言う。これはマクロ経済学的直感であり、かつ道徳的選択でもある。
OpenAI、Anthropic、Googleのリードは循環的であり、永続しない。 梁はAnthropicのコーディングエージェントにおける先行者優位は「すぐに消える」と断言し、これら三社はいずれも「交互に上昇する」と予測する。三社の中でもAnthropicの効率性を評価しつつ、クローズドモデルによる市場独占と高利潤のビジネスモデルは「戦略的に弱い」と断じる。なぜなら、「合理的な利潤で満足する者」によって必ず打倒されるからだ。
米中のAI格差は、ただ一点——計算資源だけである。 これは梁の最も挑発的な主張の一つだ。才能は世界中にランダムに分布しており、中国に人材不足はない。中国のモデルが米国より小さいのは、単に計算資源(GPU)が足りないからであり、より大きなモデルを訓練したくても物理的にできないのだ。DeepSeekが現在保有する計算資源は約20,000 H-equivalent(NVIDIA H100相当)で、これは米国の最前線モデル(アクティブパラメータ800B規模、訓練に50,000枚のGB300が必要)と比較して一桁以上の開きがある。梁は「できるだけ多くの資金を、できるだけ早くGPUに変えたい。半年で全資金を使い切れるなら、それが理想だ」と語る。
NVIDIAのCUDAエコシステムの壁は崩壊しつつある。 DeepSeekはすでにV3の訓練において、NVIDIAのGPUを使いながらもCUDAエコシステムには依存せず、自社開発の高位言語「TileLang」を用いている。AIがコードを書けるようになったことで、エコシステムの再構築コストが劇的に下がった。梁は「1年以内に、国産チップのエコシステムに問題がないことが実証される」と予測し、これを「歴史的チャンス」と呼ぶ。Huaweiの最新チップ「950」のスーパーノードは、NVIDIAのGB200/GB300を「性能面でも価格面でも完全に代替できる」——ただし4枚で1枚分、2年遅れという条件付きで。
最重要の核心的利益は「チームの安定性」だけである。 梁は「我々の唯一の核心的利益は、チームの安定性を維持することだ。それができれば、AGIは必ず達成できる」と言い切る。資金も資源も問題ではなく、「あとは時間の問題で、せいぜい半年か1年遅れるだけ」と驚くほど楽観的だ。このチーム安定性こそが最大のリスクであり、直近の資金調達ラウンドで従業員に多額のオプションを付与したことで「実質的に緩和された」と述べる。DeepSeekの人材流出率は同業他社と比較して「常に低い」という。
組織の形は「ビジョン駆動、合意ベース」。 DeepSeekにはKPIも評価制度もなく、「ビジョン」だけが組織原理だ。そのビジョンは文書化さえされておらず、「世界への善意を持ち、何かを成し遂げたい」という漠然としたものだが、「大まかな方向性では一致している」と梁は言う。従業員の労働時間の半分以上は「自由研究」に充てられ、残り半分が「フォーマル」(トップダウンの組織的開発)に割り当てられる。残業もほとんどなく、その理由は「研究にはリラックスした環境が必要だから」であり、かつ「やることが少ないから」——「自制」が組織設計にまで徹底されている。
AGIへのロードマップは「階段」である。 梁の描く技術ロードマップは明快だ。まず言語モデル、次にChain of Thought(CoT)、そして現在のエージェント(Agent)、その次が「継続的学習」(continuous learning)——モデルが人間のように長期にわたって自律的に学習する能力——、さらに自己進化の特異点(シンギュラリティ)を経て、最終的に「身体化された知能」(embodied intelligence)に至る。各段階は前の段階の上に構築され、「無駄になるステップは一つもない」。このロードマップの選び方自体が「楽をするため」だと梁は率直に認める——「身体化を先にやるのは大変すぎる。継続学習を先に解決すれば、あとはモデル自身が次のバージョンを作ってくれる」。
商業化は「ついで」に過ぎない。 C向け(コンシューマ)もB向け(企業)も、AGIへの道のりで「ついでに」生まれる副産物であり、主力事業ではない。2025年の春節にDeepSeekが突然爆発的に普及したときも、ユーザーを囲い込んだりマネタイズしたりする発想は一切なかった。「ByteDanceやTencentの次の存在になろう」という野心はなく、それは「前にあるのはゴマで、後ろにスイカがあるから」だと梁は言う。AGIという「スイカ」に比べれば、現在のC向けもB向けも「ゴマ」に過ぎない——ただしそのゴマも、2026年にはAPI収入だけで数億ドルに達する可能性があり、会社を黒字化させるには十分だという。
中国の構造的優位は「コスト」と「ユーザー体験」にある。 米国企業にはコストを極限まで下げる動機がない——なぜなら高利益モデルがビジネスの前提だからだ。一方、中国企業は「体系的に安い」サービスを提供できる。これは他の製造業分野と同様の分業パターンであり、中国は「最も安く、最も多く作る」役割を担うことになる。チップの生産能力が拡大すれば、米中の計算資源格差は解消に向かう。
梁の哲学の最も印象的な点は、その一貫性である。過剰な利益を追求しないこと、オープンソースにコミットすること、AGIだけを追い求め他の商業機会を「自制」すること——これらはすべて同じ根から生えている。彼の言葉を借りれば、「最も欲しいものは手に入らず、あまり気にしていないものは案外簡単に手に入る」——AGIを追い求めること自体が、結果として商業的成功をもたらすという逆説が、DeepSeekの戦略の核心である。
梁文鋒という人物の思想にこれほど詳細に触れられる機会は、今後もそう多くはないだろう。中国AI企業の創業者の多くはメディア露出を避け、公の場で自社のビジョンを語ることは稀だ。本記事の価値は、単なるインタビュー記事ではなく、流出した4時間の非公開対話の全文字起こしに基づいている点にある。梁の言葉には作為がない。投資家向けの非公開の場だからこそ、彼は建前ではなく本音で語っている。
「自制」を戦略の中核に据えるという発想は、一見すると弱者の論理——リソース不足を美徳に読み替えただけ——に見えるかもしれない。しかし梁の議論はそれをはるかに超えている。彼はマクロ経済学的な直感から、「AIが人類のGDPの10%を占めるようになったとき、一人で独占しようとする者は歴史に捨てられる」と主張する。これは道徳的主張であると同時に、冷徹なゲーム理論的分析でもある。多くを取ろうとする者は、少なく取ろうとする者に市場で敗れる——この洞察は、シリコンバレーの「Winner takes all」的思考への根本的なアンチテーゼだ。
特筆すべきは、梁の戦略がすでに実証されつつあることだ。2025年の春節に爆発的に普及した後も、DeepSeekはユーザーを囲い込まず、マネタイズを急がず、ひたすらモデルの改良に専念した。その結果、2026年にはAPI事業だけで黒字化が見えてきている。この「追いかけないことで追い越す」という逆説的成功は、組織設計のレベルでも再現されている——KPIも評価制度もない組織が、世界最高水準のAIモデルを生み出しているという事実は、現代のマネジメント理論に一石を投じる。
本記事はまた、米中AI競争を理解する上での重要な補助線を提供する。梁が「米国の唯一の優位は計算資源である」と言い切るとき、それは単なる強がりではない。DeepSeekがCUDAをバイパスし、TileLangによってエコシステム依存から脱却しつつあるという事実は、NVIDIAの堀が従来信じられていたほど深くない可能性を示唆している。同時に、Huaweiチップの急速な進歩は、輸出規制がむしろ中国の自立的エコシステム構築を加速させているという皮肉な現実を浮き彫りにする。
5年後、10年後にAI産業の歴史を振り返るとき、この対話記録は「DeepSeekがなぜ成功したのか」を理解するための最重要文献の一つとして参照されるだろう。梁文鋒の「自制」の哲学が、一企業の戦略を超えて、AI時代の新しい資本主義の形を予告しているのかどうか——その答えはまだ誰にもわからない。しかし少なくとも、この稀有な記録は、その可能性を真剣に検討するに値する素材である。