宮本茂
Shigeru Miyamoto (line drawing based on a photograph published by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT), CC BY 4.0)

あのクリエイティブの神様、宮本茂さんが「我々ゲーム業界のクリエーターたちのクリエイティブの未熟さの表れではないかと思います」と言ったのです。ゲームを誰よりも深く作ってきた人が、ゲームはまだ途中だと言いました。

2014年6月の株主総会

2014年6月27日、任天堂の第74期定時株主総会に私は参加していました。翌日大阪で行われるカンファレンスの基調講演より、1日早く東京を出て京都で行われていた株主総会に出席したのです。到着したときにはもう始まっていたのですが、前方に空席を見つけて着席しました。

妙な予感がありました。挙手をすると必ず当てられるだろうと。なぜだろうと思いながら、進行が進み、最後の質問になりました。総会に参加するのは、質問をしようとすることに意味があると自分に言い聞かせ、最後に一回だけ恐る恐るゆっくり挙手をしました。……「はい、そこの青いシャツの方」

質問をしました。最初に答えたのは議長の竹田玄洋さん。伝説的な任天堂最初のゲームデザイナー、64からSwitchまで開発責任者を担当した任天堂のハードウェア製作の中核を担うレジェンドです。

当時の任天堂は苦しい時期にありました。営業損益は3期続けて赤字で、前期のWii Uの販売は想定の1/3、272万台にとどまっていました。岩田聡社長は体調のため、この総会を欠席していました。

それまでの質疑は環境の話だった

私の質問の前に、16の質疑がありました。E3の報告、株主優待、新しい『ゼルダの伝説』の情報、スマートデバイスへの対応、中国市場、Wii Uのソフトラインナップ、経営責任、今期の業績予想、経営陣の持ち株数、キャラクタービジネス、「社長が訊く」の更新頻度などです。

正直にいえば、世界的なクリエイティブのスーパースターの人たちになんて退屈な質問するんだろうと思っていました。

答えの多くは、会社の外の環境や、会社の仕組みの話でした。余暇の過ごし方の選択肢が増えたこと。高性能グラフィックスで開発費が膨らみ、ヒットしなければ生き残れない世界になったこと。情報の届き方が変わったのに追いつけていないこと。Wii Uの普及が進まず、ソフトメーカーが慎重になっていること。

ゲームの10年後を問われた質問でも、「娯楽はもともと浮き沈みの激しい商売で、何度も経験してきた」、という話でした。

株主総会の答えは会社の公式な言葉だから、多くの答えは「参考にさせていただきます」とはっきりしない言葉で閉じられます。総会はその調子で進んでいました。

当時の苦境

当時市場は、「任天堂の商品力の問題」ではなく「ゲーム専用機という市場の縮小」と診断していました。WiiとDSが開拓したライト・カジュアル層は、無料・低価格のスマホゲームへ移ったとか、ゲーム専用機を買い、ソフト1本を数千円で買う理由が弱くなったとか、家庭内の娯楽時間そのものがスマホへ移ったとかそういう話です。「ハードをやめるべきだ、スマホソフト供給を」何人ものアナリストたちがそう提言していました。確かにWii Uというハードは利益を圧迫する逆鞘だったし、ハードのライバルだったセガは13年前にハードから撤退していました。

スマホゲームで稼ぐ?本当に?スマホにソフトを出したら、ハードを買う理由は何が残るのか、ソフト1本数千円の価値をどう説明し直すのか、任天堂らしさは保てるのか、専用機で育ってきたソフトの作り方や開発チームはどこへ行くのか、無料から始まる課金モデルは任天堂のゲームや、その作り方に合うのか。

全く良い案とも思えない、しかし他の代案も聞こえてこない。取るべき有効な手立てがはっきりしないまま任天堂は三期連続の赤字を出していた。業界の浮き沈み?黙って待っていたら浮かんで来るような状況とも思えなかった。

誰も答えを持ってない。

変な提案をすることなく、正面から聞きたかった。私の質問は公式に以下のように記録されています。

エンターテインメント業界や娯楽の業界に浮き沈みがあるというのは理解できるし、今難しい時期を迎えているということもわかるが、これは今まで起こってきた波の一部なのか、それとももっと大きな波なのか。

ほかの娯楽産業では、例えば映画の衰退というものが1950年代、1960年代を過ぎてからあって、心ある映画人たちは作品によってそれを止めようとした。

今の任天堂やそのコンソールゲームの不調について、例えば「スマートフォンのせいだ」として意見をされる方もおられるようだが、そうすることで任天堂が良くなると思えるアドバイスは私には見受けられない。任天堂自身は、このことについてどう考えているのか聞かせてほしい。

黄金期の映画産業が衰退したのは、作品の質が下がった訳でもなく、一時的な浮き沈みという話でもありません。家庭テレビの普及という「無料で見られるライバル」が産業をクラッシュさせた。任天堂もそういう大きな文脈の中で考えているはずで、今までの質疑で引き出せてない答えを正面から聞きたかったのです。

竹田さんの答え

最初に議長の竹田さんが答えました。このように記録されています。

大変難しい問題であり、簡単な解決策があるとは考えていません。そういう意味では大きな波の一つだと私は考えています。そのことを経営陣の中でいろいろな形で議論をしながら、その中で答えを見つけていこうと思います。

また、いわゆる時代の先を進んでいる業界、映画、その他のメディアというのも参考になる点があるのではないかと思っています。私はハードを中心に見ている経営者ですが、長い間ソフトウェアというかコンテンツ業界を見ている宮本のほうから、彼の印象を説明してもらいます。

驚きました。「簡単な解決策はない、大きな波の一つ、業界やメディアの先行が参考になる」……今までの質疑と全く違うトーンです。問いを正面から受け止め、そのまま簡単な答えにまとめませんでした。

そしてその問いを、なんと宮本さんに渡したのです!

宮本さんの答え

宮本さんとは1992年1月にラスベガスで行われたCESでGFのメンバーとして、つまり開発者としてお会いしたことがありました。その宮本さんが何百人も着席している静かな会場で、立っている私に向かって語りかけてくれる。不思議な気持ちになりました。

そして、その答えは驚くべきものでした。

(Q16で「宮本はひょうひょうとしている」というご意見があったことに対して)私も、一応、結構心労はたまっています。岩田は私にとっても非常に頼りになる社長ですので、一緒に歩んでいきたいと思っています。

株主様が今おっしゃった点は本当に大きな問題で、それが解ける方なら誰でも開発者になれるというぐらいのものです。竹田も申しましたとおり、映画などのメディアの先人に習うということは非常に大事かと私も思っています。

先ほど(のE3関連の発言で)お話しさせていただきましたが、展示されるゲームの種類が多くみえないことや、同じ方向性でのゲームづくりが多いといったものは、我々ゲーム業界のクリエーターたちのクリエイティブの未熟さの表れではないかと思います。

昔、「娯楽の業界というのは一強皆弱だ」と前社長である山内がよく申していました。これは決しておごった話ではなく、娯楽の世界では「他に類を見ないものをつくったら、みなさんそれしか買わないわけで、それ以外のものはいらなくなる。だから、娯楽は自動的に一強皆弱になるジャンルである」という意味です。その中で食べていこうとすると、その一強に倣おうとする者が多くなるのは常です。

今、デジタルコンテンツというのは、ちょっと危険な発言かもしれませんが、創造性がまだまだ未熟であると、私自身はそう思っています。漫画や映画の世界には幅広い創造性を考えている人たちがおられますが、その中で(ゲームというデジタルコンテンツを提供している)私たちはまだまだ過渡期にあって、これからクリエイティブの本質を広げていく、豊かにしていく段階にいると思います。その豊かさを失わないように任天堂を運営していけば、いつか独占的な娯楽がつくれると信じています。

また、たくさんの(メーカーさんの)中で一強になるのは非常に難しい状況の中で、同じハードウェアの上で戦うというのはフェアで良いとも考えられるのかもしれませんが、私たちにとっては、ハードウェアを含めた新しい仕組みをつくってご提案していくほうが大きなメリットがあります。その強みを捨てずに、独自のものを開発して進めていきたいと思いますので、ご支援のほどよろしくお願いします。

あのクリエイティブの神様、宮本茂さんが「我々ゲーム業界のクリエーターたちのクリエイティブの未熟さの表れではないかと思います」と言ったのです。ゲームを誰よりも深く作ってきた人が、ゲームはまだ途中だと言いました。

感動で胸がいっぱいになりました。(明日の基調講演を忘れてこのまま東京に帰っても良いのではと思ったほどに)

宮本さんは謙遜で未熟と言ったのではありません。「私たちはまだまだ過渡期にあって、これからクリエイティブの本質を広げていく、豊かにしていく段階」で、これからやれることがまだあるといったのです。ゲームの未来と可能性を信じるという宣言でした。アナリストたちが苦境を外部要因のせいにするなか、宮本さんはまだまだやれてない事がある、と、問題を外ではなく内側に向け、自分たちの未熟さとクリエイティビティを問いました。

その後

翌年の2015年3月、任天堂はDeNAと提携してスマホゲームに乗り出しました。同じ発表の席で岩田社長は、コードネーム「NX」と呼ぶ新しいゲーム専用機を開発中だと明かしています。スマホには出る、しかし専用機はやめない。スマホゲームが任天堂の事業の中心になることはありませんでした。同じ年の7月、岩田社長が55歳で亡くなり、残った代表取締役は、あの日答えた竹田さんと宮本さんの2人でした。2017年3月に発売されたNintendo Switchは、2025年末にDSを抜いて任天堂史上もっとも売れたゲーム機になっています。

2023年には『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が、その年最初に世界興収10億ドルを超えた映画になりました。あの日学ぶ相手だったメディアの中に、任天堂が立っていたのです。そして2026年10月23日、政府は宮本さんに文化勲章を贈ることを決めました。ゲーム界からは初めての受章です。

2014年にクリエイティビティが未熟だ、まだまだやれることがあるはずだと言ってた宮本さんはその通りの事をしてきて、今もしているんだと思います。

文化勲章受章、おめでとうございます!

出典